高松高等裁判所 昭和25年(控)300号 判決 1951年4月27日
控訴人 被告人 圃山靖助 弁護人 森川栄
検察官 福田隆恒
被告人 圃山靖助 宮本常吉
検察官 田中泰仁関与
主文
被告人圃山靖助の控訴及び同被告人に対する検察官の控訴を棄却する。
被告人宮本常吉に対し原判決を破棄する。
被告人宮本常吉を懲役参月及び罰金五千円に処する。
右罰金を完納しないときは被告人宮本常吉を壹日貳百円の割合による期間労役場に留置する。
被告人宮本常吉に対しこの判決確定の日から壹年間右懲役刑の執行を猶豫する。
当審における訴訟費用は被告人圃山靖助の負担とする。
原審における訴訟費用中国選弁護人佐々木亀三郎に支給した分は被告人宮本常吉の負担、証人松本次郎に支給した分は被告人両名の連帯負担とする。
理由
被告人圃山靖助の弁護人森川栄の控訴趣意及び検察官検事福田隆恒の控訴趣意はそれぞれ別紙に記載の通りである。
一、弁護人の控訴趣意について
本件記録を精査し総べての証拠を検討するに
第一点について
被告人圃山靖助は、医師生田柳五郎の補助者として、原判示のように疾病の診察治療の医行為をなしたのではなく、同医師及び相被告人宮本常吉と共同して同医師と対等に業として医行為をしたことが認められるから、論旨は理由がない。
第二点について
被告人圃山靖助が医師でないのに医業をしたのは、昭和二十三年五月下旬頃から同年六月下旬頃迄の間であつて、昭和二十三年七月三十日法律第二百一号医師法施行(同年十月二十七日)前で、同所為は同医師法第四十条によつて、国民医療法(昭和十七年二月二十五日法律第七十号)第八条第一項第七十四条第一項によつて処罰せられるのであるから、旧医師法(前示国民医療法第八十三条によつて廃止せられた明治三十九年法律第四十七号)の処罰条文などを判決文に摘録する必要はない。論旨は理由がない。
第三点について
本件記録に現れている諸般の情状を考慮するに、原審が被告人圃山靖助を懲役拾月に処したのを量刑が過重であるとは認められないから、論旨は理由がない。
一、検察官の控訴趣意について
本件記録を精査し原判決を検討するに
第一点について
各被告人の本件麻薬取締規則違反及び国民医療法違反の犯行は数個の麻薬取締規則違反行為で、全体として国民医療法違反の一罪に該当する非医師の医業行為であるが、国民医療法違反の一罪に該当しているからとて右各個の麻薬施用者でも麻薬取扱者でもないのに麻薬を使用した麻薬取締規則違反行為が刑法第四十五条前段の併合罪の関係を保ちつゝ国民医療法違反の一罪に該当している事実を無視して、両罪が一対一で刑法第五十四条第一項前段のいわゆる想像的競合の関係に立つ場合と同一視することはできない。本件においては併合罪をなす数個の麻薬取締規則違反行為が同時に一個の国民医療法違反罪に触れる場合であるから、麻薬取締規則違反罪の併合罪の関係につき刑法第四十七条第十条及び第四十八条第二項を適用し、これらと国民医療法違反罪との関係につき刑法第五十四条第一項前段第十条を適用すべきものである。仮に本件の場合数個の麻薬取締規則違反の間に刑法の併合罪の規定を適用すべきでないものとすれば、麻薬施用者でも麻薬取扱者でもない者が併合罪にかゝる麻薬使用罪を数個犯した場合は併合罪として刑の加重があるに拘らず、それらが医業の内容をなし同時に非医師の医業行為としても処罰せられる場合には、麻薬使用罪の点については反つて軽い刑罰を以つて臨むと言ふ不合理な結果ともなるのである。論旨は理由がない。
第二点について
本件記録に現れている控訴趣旨に援用の事実その他諸般の情状を考慮するに、原審が被告人圃山靖助を懲役拾月に処したのは量刑相当であり軽きに失するものではない。被告人宮本常吉については原審が同被告人を罰金壱万円に処したのは、その量刑が軽過ぎると認められる。論旨は被告人圃山靖助に対しては理由がないが被告人宮本常吉に対しては理由がある。
よつて被告人圃山靖助に対しては刑事訴訟法第三百九十二条による職権調査をした上同法第三百九十六条により同被告人及び検察官の各控訴を棄却し、同法第百八十一条第一項により当審における訴訟費用を同被告人に負担させる。
被告人宮本常吉に対しては刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条により原判決を破棄し、同法第四百条但し書きにより更に判決する。
原判決の認定した被告人宮本常吉の事実を法令に照らすと(一)各麻薬の不法使用の点は昭和二十三年七月十日法律第百二十三条麻薬取締法第七十四条、同法第六十五条による廃止前の麻薬取締規則(昭和二十一年六月十九日厚生省令第二十五号)第二条第三条第二十三条第五十六条第一項第一号第二項(罰金等臨時措置法第二条第一項刑法第六条第十条第十五条)に該当するところ、刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条第四十八条第二項を適用し、(二)非医師の医業行為の点は医師法(昭和二十三年七月三十日法律第二百一号)第四十条、同法第三十五条による廃止前の国民医療法(昭和十七年二月二十五日法律第七十号)第八条第一項第七十四条第一項に該当するところ、以上(一)(二)は刑法第五十四条第一項前段の関係にあるから、同法第十条により前示(一)の併合罪加重の刑に従い、懲役罰金を併科しその懲役の刑期罰金額の範囲内で被告人宮本常吉を懲役参月及び罰金五千円に処し、刑法第十八条第一、四項により主文第四項の通り労役場留置の言渡しをなし、同法第二十五条により主文第五項の通り懲役刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条に則り主文第七項の通り被告人宮本常吉に訴訟費用を負担させる。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長判事 坂本徹章 判事 塩田宇三郎 判事 浮田茂男)
弁護人森川栄の控訴趣意
第一点被告人は医師の免許を受けざると雖も医師生田柳五郎の経営する共同診療所に於て同医師の使用人として業務に服するものなり、凡そ医師が医施術を為すには其凡て悉くを自ら行為するの要なく其簡易なるものに至つては之を指示し補助者を用うることを得べく補助者が医師の命に依り医施術を為すことは医業を為すものの通常状態なり、例へば患部の洗滌、繃帯、皮下注射を為すに医師の免許なき看護婦に於て之を為すが如し、被告人の行為は医師生田柳五郎の使用人即ち補助者として行為したるものにして医施術の通念に違反するものに非ず、原裁判所は罪とならざる行為を処罰したる違法あり、依て破棄するを相当とす。
第二点仮に被告人の行為が違法なりとするに
原判決は判示理由第二に於て「被告人圃山靖助同宮本常吉は医師生田柳五郎と共同して昭和二十三年三月上旬から同年八月頃迄の間前記圃山靖助方に共栄診療所を開設していたが(一)被告人圃山靖助は接骨術師の免許を有つのみで医師ではなく又麻薬取扱者の資格もないのに拘はらず業として((イ)乃至(ル)省略)以て医業を為しと判示し其適用法条に於て、「被告人両名に対し昭和二十一年六月十九日厚生省省第二十五号麻薬取締規則第二条第三条第二十三条第五十六条第一項第一号、国民医療法第八条第一項第七十四条第一項医師法第四十条刑法第五十四条第一項前段第十条第四十五条前段」云々を摘条したり被告人に医師法違反の行為として処罰を問責するには医師法罰則条文を適用する必要あり原判決に摘条せる医師法第四十条は旧法違反者に対する処罰に就て旧法を適用する規定にして処罰条文に非ず須からくは医師法(旧法)処罰条文の摘録を必要とす。然るに事茲に出でざるは其摘条する適条を誤りたるか又は脱漏したるものとの誹を免れず、刑事訴訟法第三百三十五条第一項法令の適用を示さないものと言ふべく之が破棄を免れず。
第三点原判決は被告人に対し懲役十月の責刑を科刑したるは其刑重きに失する故之を破棄し相当の刑を科する必要あり。
検察官福田隆恒の被告人両名に対する控訴趣意
第一、原審判決は法令の適用に誤がありその誤は判決に影響を及ぼすことが明らかである。すなわち原審判決は、(一)被告人圃山靖助に対して第一同人が傷害罪をおかしたる外第二の(一)に於て医師ではなく又麻薬取扱者の資ないのに拘らず業として(イ)乃至(ル)にわたる十一回の診察及びその治療の為注射投薬行為をし以つて医業を為し格もた事実(二)被告人宮本常一に対しては第二の(二)に於て医師の資格もなく又麻薬取扱者の資格もなかつたのに拘らず業として(イ)乃至(ハ)にわたる三回の診療及びその治療の為麻薬を注射投薬を為し又(ニ)及び(ホ)の二回の診療行為を為し以て医業を為した事実を夫々認定して、之に対する適条として、
被告人両名に対し昭和二十一年六月十九日厚生省令第二十五号麻薬取締規則第二条第三条第二十三条第五十六条第一項第一号国民医療法(昭和十七年二月二十四日法律第七十号)第八条第一項第七十四条第一項、医療法第四十条、刑法第五十四条第一項前段第十条第四十五条前段
右の外 被告人圃山靖助に対し刑法第二百四条第四十七条本文但書第十条第二十一条、刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条
被告人宮本常一に対し刑法第四十八条第二項第十八条刑事訴訟法第百八十一条第百八十二条
を適用処断したのであるがまず麻薬取締規則違反の罪と国民医療法違反の罪とは本件の場合全体として一個の行為にして数個の罪名に觸れるものと認むるのを相当とするのに拘らず刑法第四十五条前段を適用したのは明らかに誤りである。たゞ被告人圃山靖助に対しては之と傷害罪との間に於て併合罪の法条の適用をするにすぎない。しかし被告人宮本常一に対しては全く併合罪の法条を適用する余地がない。然るに原審判決は被告人圃山に対して刑法第四十五条前段を麻薬取締規則違反の罪と国民医療法違反の罪との間に適用した誤あるのみならず被告人宮本に対してはさらに刑法第四十八条第二項を適用して二重の誤をしている。被告人宮本の場合を考えると(イ)乃至(ハ)の麻薬取締規則違反の行為はそれ自体として見れば併合罪であるがその夫々の行為が(ニ)(ホ)の行為と共に併せて無資格医業と言う営業犯の一部を為すに過ぎないのであつて換言すれば営業犯の一部が他の罪名に觸れたものに過ぎないから全体としてその営業犯と一所為数法の関係が生ずるのみであつてその他に併合罪の法条を適用すべき余地がのこらないのである。すなわち麻薬取締規則第五十六条第一項の法定刑(三年以下の懲役又は五千円以下の罰金)中罰金刑を選擇し国民医療法第七十四条第一項の法定刑(六月以下の懲役又は五百円以下の罰金)中罰金刑を選擇し前者は(イ)(ロ)(ハ)の三個の併合罪、後者は(ニ)(ホ)の一営業犯と見るならば原審判決量定の罰金一万円の処断が出来るけれども之は原審判決認定事実と相容れないものであつて同認定事実は(イ)(ロ)(ハ)の麻薬取締規則違反と(ニ)(ホ)とを含めて無資格営業を認定しておるのであるから右各罰金刑を選擇するときは刑法第五十四条第一項に則りその最も重き麻薬取締規則違反の罪に対する罰金刑(五千円以下)を以て処断すべきものである。ところが五千円以下の罰金を以て処断する事を相当としない案件であるから裁判官は懲役刑を選擇して処断すべきものであつたと言はねばならない。以上の理由に依り法令の適用の誤が判決主文に影響を及ぼすこと明らかであるから原審判決は破棄すべきものと思料する。
第二原審判決は科刑軽きに失し刑の量定不当である。
けだし原審判決は、被告人圃山靖助は、(一)無資格で業として十一回に亘り殆んど老衰無能力の医師生田柳五郎と共同して開設せる共栄診療所等において仁志サカヱ外十名の関節リウマチス、乳腫、胃痙攣、慢性胃炎、胃病、神経痛、腰痛、花柳病足関節捻挫等の患者を診察し之に麻薬パントポン液、モルヒネ液等計約二〇・四立方糎を注射使用し且麻薬百倍モルヒネ散約二瓦を授与し以て医業をし、(二)実母圃山トヨノを突倒し且靴履きのまゝ蹴る等の暴行をし因て同女に対して傷害を加え被告人宮本常一は資格もなかつたのに業として三回に亘り前記共栄診療所等において自己の妻宮本さとみ外二名の胃病、胃痙攣、肋間神経痛の患者を診察して之に麻薬パントポン液計約三立方糎を注射使用した外佐藤記良外一名の患者をも診療し以て医業をした事実を認定し、右事実に対し被告人圃山靖助を懲役十月、被告人宮本常一を罰金一万円に処したのである。
しかし、被告人圃山靖助は自分が診察して麻薬を注射又は授与した患者は前記十一名に止まらずしてそれより遙かに多く、又前記十一名に対し麻薬を注射又は授与した回数及びその麻薬の数量も前掲摘記の回数及び数量よりも相当多い旨自供していて押収に係る「病床日誌」に同被告人の記入している処は右自供に合致して居るのである。然も右被告人は自分が麻薬中毒症状に陷つたことを認めそのため昭和二十三年八、九月頃鳴門市鳴門町の阿波井保養院(脳病院としては当地方では有名なところ)に入院したと称していることによつても右医師生田柳五郎の名義を利用して入手した麻薬を自身に注射したことを推知するに難くない。如上の情状よりすれば、前記認定事実の麻薬注射使用数量が計約二十立方糎にも達して居る右被告人の本件犯行に対し情状の酌量すべき点は更にないのであつて、右麻薬取締規則違反のみならず、同時に国民医療法違反にも該当し且傷害罪をも犯している右被告人を僅か懲役十月に処した原審判決の科刑は全く軽きに失すると認めざるを得ない。次に被告人宮本常一の違法なる麻薬使用数量も前記の通り約三立方糎に達しているのであるから、麻薬の不正使用が厳重なる処罰の対象となるべきことを要請されている現在においては之に僅かに一万円の罰金を科した原審判決の刑の量定は不当である。
原審検察官の被告人圃山靖助に対しては懲役二年、被告人宮本常一に対しては懲役一年の各刑を科するを相当とする旨の科刑意見は極めて適切であつて原審裁判所が本件を断ずるに前記の如き軽きに過ぎる刑を言渡したのは著しく失当と思料するので、茲に原判決を破棄し更に相当の判決あらんことを求むるものである。